大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)1061号 判決 1981年7月03日

上告人

綿野潔

右訴訟代理人

竹内知行

外三名

被上告人

金谷義春

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹内知行、同井上克己、同仲辻章、同荻原統一の上告理由第一点について

記録にあらわれた本件の訴訟の経過及び所論別訴判決の内容に鑑みれば、原審が弁論を再開しないで判決したことに所論の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

所有権に基づく所有権保存登記の抹消を求める訴についてされた判決の既判力は、その事件で訴訟物とされた抹消登記請求権の有無を確定するにとどまり、判決の理由となつた所有権の帰属についての判断を確定するものではないと解するのが相当である(最高裁昭和二八年(オ)第四五七号同三〇年一二月一日第一小法廷判決・民集九巻一三号一九〇三頁、同昭和二九年(オ)第四三一号同三一年四月三日第三小法廷判決・民集一〇巻四号二九七頁参照)。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第四点について

所論の別訴において、本件建物の所有権に基づく所有権保存登記の抹消を求める上告人の請求が認容され、上告人勝訴の判決が確定したとしても、本件建物の所有権の存否については、既判力及びこれに類似する効力を有するものではないから(最高裁昭和四三年(オ)第一二一〇号同四四年六月二四日第三小法廷判決・裁判集民事九五号六一三頁参照)、原審が本件建物が上告人の所有に属するものとは認められないと判断したことに所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 宮﨑梧一)

上告代理人竹内知行、同井上克己、同仲辻章、同荻原統一の上告理由

原審判決は、以下述べるように多くの法令違背があり、それがいずれも判決に影響を及すこと明らかである。

便宜上、本件訴と神戸地方裁判所姫路支部昭和四二年(ワ)第四二一号(第一審)大阪高等裁判所同四九年(ネ)第一九四〇号事件(第二審以下別訴という)につき説明をなした後、上告理由を述べることとする。

一、被上告人は本件建物を請負人訴外阪神コンクリートブロック工事株式会社(以下訴外会社という)が、所有するものと称して訴外会社との間に代物弁済契約をなして所有権保存登記をなした上、昭和四二年一一月二一日上告人に対し神戸地方裁判所姫路支部より、いわゆる「立入禁止」の仮処分決定を得た。

二、右事件につき被上告人は「申請人は本件家屋所有権確認、使用妨害排除の本訴を提起すべく準備中である。」と述べた。

三、そこで上告人は本件建物は上告人の所有するものであるので被上告人に対し、右保存登記の抹消登記手続を求めて神戸地方裁判所姫路支部に訴を提起したのが別訴第一審である。

四、別訴第一審繋属中の同四三年一〇月九日被上告人は右仮処分により上告人の占有を奪い目的を達したので、本案の訴を提起せぬまま右仮処分を取下げた。

五、そこで上告人は右仮処分申請、執行は本件建物の所有権を有しないにもかかわらず有するものとしてなした、不法、不当なものであるので、被上告人に対し右仮処分により上告人の蒙つた損害内金の支払を求めて訴を提起したのが本件訴である。

六、別訴第一審では本件建物の所有権は上告人、被上告人の何れに存するかにつき審理がなされ、その証言調書が本件訴に書証として提出された。

七、右二つの訴は先ず同四八年一〇月二四日本件訴につき判決がなされた。上告人の敗訴であり、本件建物の所有権は被上告人に存し、仮処分は不法、不当なものでない旨の判断がなされた。そこで上告人は大阪高等裁判所に控訴した。

八、次いで別訴につき同四九年九月二日判決がなされた。

上告人の勝訴であり、本件建物の所有権は上告人に存し被上告人にないと判断して保存登記の抹消登記手続を認容した。被上告人は大阪高等裁判所に控訴した。

九、右二つの控訴事件は先ず同五三年四月二八日別訴につき判決がなされた。被上告人の控訴は棄却となり、上告人勝訴の第一審判決は維持された。被上告人は上告することなく右判決(「本件建物所有権は上告人に存し、被上告人に存しないので、被上告人は保存登記の抹消手続をせよ。」との判決)は確定した。

一〇、そこで上告人は別訴第二審判決確定証明書を書証として提出し、右確定判決につき新たなる主張をなすべく同年五月八日その旨を述べ、書証の写を提出して先に終結させる本件訴の弁論再開の申立をなした。

一一、その後の同年六月二七日原審裁判所は弁論再開をすることなく本件訴につき判決をなした。上告人の控訴棄却であり、本件建物の所有権は被上告人に存し、仮処分は被保全権利が存するとして損害賠償は認められなかつた。

一二、右のように被上告人は、いわば仮の地位を定める仮処分決定を得て執行した。そして本案訴訟を自ら提起することなく本件建物の占有を第三者に移転するという目的を達するや、右仮処分を取下げた。

これに対し上告人が上告人の訴をまつことなく逆に別訴にて被保全権利たる所有権は被上告人に存しないとして本案訴訟を提起していたのが、右両訴の関係である。

上告理由第一点

原判決は民訴法第一三三条、第一八二条に違背し、裁判を為すに熟せざるときに判決を為し、これは判決に影響を及すこと明らかであるので取消さるべきものである。

一、原審裁判所は同五三年三月七日裁判に熟したとして弁論を終結したが、未だ判決のなされぬうちの同年四月二八日別訴第二審判決がなされ、同年五月右判決は確定した。

二、上告人は右判決の送達を受けるや同年五月八日右判決を書証として写しを添え右書証の提出と共にこれに基づく若干の主張をなすべく準備書面を提出するために弁論再開の申立をなし、更に五月三〇日右判決の確定証明書を書証として提出すべく写しを原審の裁判所へ提出し、弁論の再開を待つた。

三、右のように原審裁判所は別訴二審判決とその確定を、そしてその結果新たな主張がなされた事を熟知しながら、敢て右弁論再開の申立を無視して同年六月二七日別訴二審判決の確定事実と異る事実確定をなす本訴原審判決をなすという誤ちをなした。

これは上告人の弁論再開の申立と添附書証写により、そのままでは判決に熟せざるにかかわらず判決をなした法令違背にもとづくものである。

四、民事訴訟法一三三条は裁判所の自由裁量として弁論の再開をなし得るとの規定であるとの解釈は、判例・通説のとるところであり、上告人もこの点を争うものではない。しかしながらこの裁量権にも民事訴訟法一三三条の立法趣旨及び民事訴訟制度の目的により、一定の範囲が存在すると考えるべきである。

さて、昭和二三年一一月二五日最判民集二巻一二号四二二頁は、「……弁論再開の申請なるものは唯裁判所の職権発動を促すものたるに過ぎない……。このことは裁判所のために決して専横を許したものではなく……訴訟資料提出の機会を失う危険あることを当事者に警告してその勤勉なる訴訟遂行を期待し、以て訴訟遅延を防止せんとする立法者の意図に外ならない。」という。すなわち判例は、弁論再開が裁判所の専権に属する理由を当事者の勤勉な訴訟遂行の促進と訴訟遅延の防止に止めている訳である。従つて反面では立法者は弁論再開の必要性ある場合や、当事者本人の不知等から弁論終結後に有力な新事実・新証拠が発見されたというような特別の事情ある場合には、裁判所が弁論を再開するという方向で裁量権を行使することを期待している訳である。

五、次に民事訴訟制度の目的という視点から考察するに、現在民事訴訟制度の主目的の一つに私人間の紛争解決があることは否定され得ない。国家は私人間の紛争の暴力的解決を禁じた代償として民事訴訟制度を設けたのであり、民事訴訟手続による私人間の紛争解決は国家が自ら負担した国民に対する義務である。この義務は具体的には判決等の裁判により履行されるのであるが、それはただ単に判決さえ下せばそれでよいというものではない。裁判所は常に当事者間の社会生活上の紛争の解決に資する真に実効性ある判断を下さなければならないのである。

六、別訴控訴審判決の確定は、本件訴訟の口頭弁論終結後であり、上告人としては弁論終結前に証拠資料として前記確定判決を提出することは不可能であり、結局のところは不知に等しい。新事実・新証拠と言つても過言ではない。上告人が本件訴訟において裁判所の判断に資すべく争点を同じくする別訴確定判決を証拠資料として提出し、それにつき若干の訴訟資料を提出すべく弁論の再開を申請した以上は、原審は前記民事訴訟制度の目的に照らしても当事者の社会生活上の紛争の実効的一回的解決の為に弁論を再開すべきであつたのである。

七、しかるに原審は弁論を再開せず、本訴及び別訴の主要な争点たる本件家屋の所有権帰属について別訴確定判決と全く正反対の判断を下し、その結果、上告人・被上告人間の紛争をいたずらに複雑化する結果となつた。これは結局のところ、弁論再開の必要性があるにもかかわらず弁論を再開しなかつた原審の専横によるものであり、原審は裁量権行使にはその範囲を逸脱した違法がある。

八、別訴は上告人が被上告人の本訴の対象たる右仮処分事件の被保全権利たる本件建物の所有権を争い否定した訴であり、右仮処分事件の本案訴訟に当るものである。そして右訴にて大阪高等裁判所第八民事部は被上告人の被保全権利を否定し、当該判決は原審判決までに確定したのであり、原審は当然にこれを証拠として提出させ、証拠として採用すべきものであり、被保全権利の存否については別訴(本案訴訟)と異る判断はなし得ないものである。にもかかわらず前述のように異る判断をなしたものであり判決に影響を及すこと明らかである。

第二点 原審判決は採証法則に違背し、民法第七〇九条の解釈を誤り、これは判決に影響を及すこと明らかである。

一、上告人は本訴にて被上告人のなした神戸地方裁判所姫路支部昭和四二年(ヨ)第二一五号仮処分は被保全権利を欠く違法不当なものであり、民法第七〇九号の不法行為に当るとして蒙つた損害賠償を請求したものである。

二、前述のように右仮処分の本案事件に当るものとして被上告人の被保全権利の存否が争われた訴が別訴である。

上告人は仮処分事件の被保全権利別訴の訴訟物は共に本件建物の所有権そのものであると考えるが、万歩を譲つたとしても仮処分の被保全権利は本件建物の所有権に基づく妨害排除請求権であり、上告人が提起した別訴の訴訟物は本件家屋所有権に基づく、被上告人の所有権保存登記に対する抹消登記請求権であるところ、本案訴訟の訴訟物と仮処分の被保全権利とは全く同一でなくても良く、別個の権利に関する訴訟であつても請求の基礎の同一性があればよいのであり(最判昭和二六年一〇月一八日民集五巻六〇〇頁等)、請求の基礎の同一性の判断基準については諸説あるが、大判昭和一八年三月一九日民集二二巻二三〇頁は、請求の根拠を為す事実関係及び法律関係が同一か否かによると判示し、この見解はどのような立場からも肯定され得るものであり、右仮処分の被保全権利と別訴の訴訟物とはその根拠たる事実関係を全く同一とするものであつて、且つその争点も本件家屋の所有権帰属という点であり、請求の基礎は同一であると判断される。従つて別訴は右仮処分事件の本案訴訟であると言い得るものなのである。

三、被保全権利が存しないにもかかわらず存するとして仮処分を得執行したものはいわゆる不当執行として不法行為を構成することは明らかである。

四、別訴において被上告人に被保全権利が存在しないことは確定した。

従つて本件仮処分(執行)は不当執行として不法行為を構成するものである。しかるに原審判決は、採証法則を明らかに誤り、逆に被保全権利は存在するとの誤れる判断をなした。これは民法第七〇九条の解釈をも誤れるものであり、この誤りが判決に影響を及すこと明らかである。

第三点 原審判決は、民訴法第一九九条に違背し、これは判決に影響を及すことは明らかである。

一、既に述べたように別訴において「本件建物につき被上告人のなした所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。」との判決が、原審判決前に上告人・被上告人間において確定している。従つてこの判決の既判力に反する判断を原審はなし得ないのである。

二、別訴においての争いは唯一点、本件建物の所有権が上告人・被上告人の何れに存するかの点であり、これをめぐつて両者の攻撃、防禦がなされたことは右判決を一読すれば明らかである。上告人は本件建物の所有権は被上告人ではなく、上告人に属する旨主張して、それと相容れない被上告人の所有権保存登記の抹消を求め、これが攻撃防禦の末認容され、確定したのである。まさに所有権の存否自体が請求の主内容をなし、抹消登記手続に協力すべき旨の請求は、紛争の直接解決のため附随してなされているに過ぎないのである。

三、そもそも登記は実質上の権利関係を反映すべきものであり、その不一致を理由に変更、訂正を求める訴は常に所有権そのものが訴訟物となつていると言わねばならない。さもなければ右訴は登記の変更、訂正を求める以外に常に併せて所有権の確認をも訴えねばならず、(そうせねば所有権そのものが更に紛争となり得ることとなる)紛争解決の一回性の理念、公平の原則、信義則に反するのである。従つて原審は別訴判決の既判力により、本件仮処分の被保全権利たる所有権が被上告人に存するとの判断はなし得ないものである。しかるに原審判決はそれをなした。これは民訴法第一九九条に違背し、それが判決に影響を及すこと明らかである。

第四点 原審判決は公平の原則、訴訟上の信義則にもとるものであり、その違背は判決に影響を及すこと明らかである。

一、原審判決が民訴法第一九九条に違背していないとしても既に述べたように、本件訴別訴の二つの訴訟は何れも本件建物所有権の帰属が紛争の中心問題であり、別訴においては被上告人の所有権が確定した。民事訴訟において関連した請求については統一的な解決がなされなければならない。

上告人・被上告人が当事者として訴訟追行の機会を対等に与えられていた以上、その判決の基礎を作つたことに基因する責任があり、争いの中心問題に対する前訴(別訴)の判断に拘束力を認めることが公平、信義則にかなうものであり統一的解決が計られるのである。さもなければ人は国のなす民事訴訟に社会生活上の解決を求める意味がなく、その信頼と基盤すら失われるであろう。しかるに原審は右に反した判断をなし、それは判決に影響を与えるものである。

二、別訴において被上告人は当事者として本件所有権の存否につき真に争い、裁判所は上告人に存するものとして判決し、それは確定したのであり、被上告人に対しその拘束力が認められてしかるべきものである。

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